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卒業証書、天まで届け! <3月19日>

2019.03.20

 3月といえば卒業シーズン。今年は4月の統一地方選を控え、私を含め立候補予定者はあわただしい毎日を過ごす中、佐賀新聞が16日配信した卒業式に関する記事に感動したので紹介します。

 『卒業証書、天まで届け!西与賀小学校、病死の北原君に贈る「一緒に」門出、同級生ら涙 佐賀』というタイトルでした。

 その記事は『2017年5月、くも膜下出血で帰らぬ人に・・・6年生41人が学びやを巣立った15日の西与賀小(佐賀市)の卒業式で、5年生だった2017年5月にくも膜下出血で亡くなった北原駿君=当時(10)=の家族にも、卒業証書が贈られた。先天性の難病を患っていたがサッカーが好きで、クラスの人気者だった駿君。同級生は友情と命の大切さをかみしめ、駿君との思い出を胸に新たな一歩を踏み出した。難病の多発性関節拘縮症を患う・・・                      駿君は、関節の可動域が狭くなる多発性関節拘縮症を抱えていた。小学校では特別支援学級に籍を置きながら、同級生と同じ教室で学んだ。サッカーJ1サガン鳥栖のファンで、1人でボール遊びをするなどサッカーが大好きだった。大木貴博校長(57)は「何でも挑戦する子。みんなに慕われていた」と、在りし日の駿君を思い起こす。5年生の4月下旬、足首の手術をしたが、術後に体調が急変。運動会前の5月中旬には、くも膜下出血に襲われた。同級生は運動会の練習の様子を動画で撮影して駿君を励まし、本番でも「駿君頑張って」と声を合わせた。だが願いは届かず、運動会の4日後に息を引き取った。

 「ぼくも幸せ みんなも幸せになあれ」・・・15日の卒業式では、42番目の席に、駿君の遺影と、名札を付けたクマのぬいぐるみが置かれた。壇上で色紙に記した文字を見せながら決意を述べた卒業生41人に続き、姉の唯さん(19)が駿君が生前にはがきに書き残した言葉を紹介した。「ぼくも幸せ みんなも幸せになあれ」。涙をこらえながら、子どもたちに希望を託すように語り、卒業証書を受け取った。

 〈亡き友の 声援聞こえた 運動会〉・・・同級生は駿君が亡くなった後も、集会で駿君が使っていた椅子を並べ続けた。6年生の運動会では「駿君見てる?」と空に向けて手を振った。在校生への「お別れの言葉」で、自作の俳句〈亡き友の 声援聞こえた 運動会〉を読み上げた西村幸妃さん(12)は「駿君と一緒に卒業できてよかった」と涙を拭いた。

 卒業式には、唯さんをはじめ家族4人で出席した。母親の沢子さん(46)は「家に遊びに来てくれるなど、亡くなった後もずっと友人として接してくれた。卒業式にも駿がいる気がした。いや、本当にいたと思う」。小学校の歴史に、42人の卒業生の名前が刻まれた。15日は県内114の小学校で卒業式が行われた。』<『』内は記事全文です>

 卒業式は人生の中で次のステップに進む門出の時、西与賀小学校の皆さんは駿君が残してくれた沢山の宝物を胸に、それぞれの道を歩んで行かれること思います。駿君のご冥福を心からお祈りいたします。

子どもの体に何が? <3月18日>

2019.03.18

 『50Ḿ走で骨折、片足で立てず・・・子どもの体に何が?』というタイトルの記事が16日、読売新聞オンラインから配信されました。

 記事は『「走っただけで、骨折してしまう」「片足立ちでフラつく」……。自分の体をコントロールできない子どもが増え、簡単な動作をしただけで大けがを負うケースも目立つという。

 日本体育大学の野井真吾教授(教育生理学)がその背景を解説し、子どもたちを守るための対策を提言する。大切なのは、幼児期の体を使った「遊び」だという。』という書き出しでした。

 子どもの体の異変について『「雑巾がけで腕を骨折した」「跳び箱に手をついた際に骨が折れた」「うまくしゃがめない」「片足立ちでふらつく」』など具体的に記されています。

 異変の原因として『簡単な動作で骨折してしまうのは、かつての子どもたちに比べて骨が弱くなっているのが一因と考えられます。』と伝えていました。

 運動能力が低下しているという状況を過去との比較で紹介し、その原因として都市部で空き地などの遊び場が減ったことや、テレビゲームやスマートフォンなどの登場で、子どもの遊びが変化したと指摘していました。

 そして最後に『幼児期に体を使った遊びを体験することが、体の成長だけではなく、脳の働きにも効果があることがわかってきているのです。』や『現代は子どもの外遊びが難しい時代です。

 それと似たような状況作りを、大人が積極的に仕掛けていかないといけないのです。』『幼少期の子どもたちに「ワクワクドキドキ」するような、全身を使った遊びを体験させることが大切なのです。』など対策が記されていました。

 確かに我々の子どものころを考えると、外で体を使う遊びがほとんどで、今のようにテレビゲームやスマートフォンでゲームをするようなことがなかったので、遊び方が大きく違ってきたことは間違いないことだと思います。

 一方、体を使うスポーツで考えてみると、様々な競技で年を追うごとに記録が更新されるなど、体力の進化をうかがわせることも事実です。

 開成町には、たくさんの公園があります。私は前回の町長選挙で、その公園に遊具を置いたり、花畑を作ったり水と遊べる場所にするなど、それぞれ特徴のある公園にして、きれいに保ちいつも子どもたちの声が響き、歓声が上がるような遊び場にしたいと訴えました。

 この記事を読んで、実現できていれば大きな対策の一つになったのではないかと思いました。

なり手不足 <3月17日>

2019.03.17

 17日開成町では14ある自治会の内9自治会で総会が行われ、私の円中自治会もその一つでした。

 総会は例年と特に変わりのない内容でしたが、今年度は三役交代の年度であり、会長の受け手がなく選考委員の皆さんが大変ご苦労されたという話を聞きました。

 他の自治会では総会当日にまだ会長が決まらないというところもあったようで、自治会役員の選出にはどこの自治会も苦労しているようです。

 地方議員のなり手が不足しているという話は、新聞やインターネットでもしばしば配信されることで、17日の神奈川新聞1面にも『議員報酬低いと無投票増』というタイトルの記事が掲載されていました。

 自治会の役員は地方議員よりさらになり手が厳しい状況だと思います。

 自治会を代表する会長は、引き受けてくれる人がいれば誰でもよいというわけには当然いかないわけですが、年金の受給年齢が引き上げられ、希望すれば65歳あるいはもっと長く勤めていることができる雇用情勢を考えると、働きながら自治会長の仕事をするのは現実的にはかなり難しく、自治会長候補の範囲も狭まれていく一方のように感じます。

 新聞で議員報酬について掲載されていることから、自治会長についても報酬についての検討は必要だとは思いますが、報酬だけではなく、資料作りなど実務を行政で代行して、仕事の軽減を図ることも検討する必要があるのではないでしょうか。

 自治会長が集まる会議の中で、それぞれの自治会長に要望や意見を出してもらい、なり手不足の対策を始めないと年を追うごとに益々なり手がいなくなるように思います。

 元気な町の原点は、活発な自治会活動に間違いないと考えます。そのためのリーダーづくりは町にとっても大変重要なことだと思います。

小中学生、震災前の1割 <3月16日>

2019.03.16

 『小中学生、震災前の1割=バス送迎、合同授業もー福島の避難解除10市町村』というタイトルで、先日時事通信社が配信した記事がありました。

 記事は『東京電力福島第1原発事故による避難指示が解除され、小中学校が地元で再開した福島県内の10市町村では、児童・生徒数が2018年5月時点で計758人と、事故前の1割強にとどまっている。避難の長期化で、多くの子育て世代が新たな場所で生活を再建したことが背景にあり、各市町村は厳しい学校運営を強いられている。』と始まっていました。

 震災前の1割になった理由として『住民の帰還率は約4割だが、60代以上が4分の3を占め、「子育て世代は避難先の学校で子供の友人関係ができたり、家を新たに建てたりして生活基盤を移している」(町教育委員会)という。』と記されています。

 また、教材や給食など教育関連費用は全て村が負担し、さらに送迎のスクールバスを準備するなど、各市町村の厳しい学校運営の様子が具体的に記されていました。

 震災から8年経ち、復興が進んでいるといえども、この記事のように決してもとに戻ることのない被災地の現実があります。

 3.11、あの悲惨な大惨事を風化させないだけではなく、私たちは被災地のこのような現実を決して忘れてはいけないと思います。

 被災地に心を寄せ続けることが大切だと私は考えています。

まだまだ諦めないぞー!! <3月15日>

2019.03.15

 『池江璃花子がSNSで決意記す 公表後、東京五輪に初言及「まだまだ諦めないぞー!!」』というタイトルの記事が先日THE ANSWERから配信されました。

 『東京五輪まで499日、諦めない決意を記す』というサブタイトルで、記事は『白血病を公表した競泳の池江璃花子が13日、インスタグラムを更新。500日を切った東京五輪出場を諦めない姿勢を示した。

 「東京オリンピックまで499日」と書き出した投稿。「1日遅れちゃった」と記した上で「まだまだ諦めないぞー!!」とつづり、東京五輪出場を諦めない姿勢を示した。

 写真にはリオデジャネイロ五輪当時、今井月との2ショット、松田丈志ら競泳代表チームとの集合写真も併せて掲載している。

 池江は2月に白血病を公表。以降、SNSを通じてメッセージを発信してきた。11日にはツイッターで「3.11」に触れ、「違う形ではあるけれど、わたしは全力で生きます」と決意を記していたが、自身の東京五輪に関する言及は初めてとなった。』と伝えています。

 多くの方々に、大変大きな勇気と元気を与える内容だと思います。

 私も自分の目標に向かってもっともっと精進しなければと思いました。

 池江璃花子さんには、東京オリンピックに出場し、たくさんの金メダルを取ってほしい。心からそう願います。これは間違いなく日本人全員の願いだと思います。