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都知事給与半減は残念 <10月26日>

2016.10.26

 10月26日の読売新聞【論点】に掲載された、早稲田大学の北川名誉教授の記事のタイトルが、『都知事給与半減は残念』でした。

 北川教授はマニフェスト研究所の顧問で、三重県議や衆議院議員、三重県知事も歴任された方です。

 私が政治や地方行政の勉強をしている時に、講演を聴いたり専門誌に投稿された記事を読んで、常識的なお考えや分かりやすい解説に大変共感し、参考となる様々なことを勉強することが出来ました。

 記事は『「政治は政策で勝負すべきだ」と主張してきた私としては、今回のやり方はあまり感心しない。

 「知事給与半減」も政策ではないか、と思われるかもしれない。しかし政策として実行するならば、自治体に設けられている「特別職報酬等審議会」に諮り、客観的な検討を加えた上で恒久的措置として半額化させるべきだ。ところが小池知事は審議会に諮らず、当面1年間の特例として半額にした。

 「自ら身を切る」という手法は、確かに有権者の情には響く。だが、私はそれを政策とは呼ばない。

 厳しく言えば、土下座して票を得る選挙戦術とあまり変わらぬ、古くさい政治のレベルにとどまってしまう。

 小池都政の滑り出しを高く評価するだけに、この点は残念に思っている。』と掲載されています。<『』内は新聞記事抜粋>

 この期限付きの給与の減額や、土下座して票を得るという内容は、身近な出来事として大変実感の湧くお話でした。

 『政治は政策で勝負すべきだ』という先生の今回の主張も、正に私が考えていたことであり、共感できるものでした。

 

1,200年前の地震を踏襲? <10月25日>

2016.10.25

 “1,200年前の地震を踏襲?”『これはTwitterやネット掲示板で注目を集めているようで、近年発生している地震がその順番まで1,200年前と酷似しているという内容。』インターネットに掲載された記事です。

 酷似とは、現代の「2007年 新潟県中越沖地震(M6.8)」 「2011年 東日本大震災(M9.0)」「2016年 平成28年熊本地震(M7.3)」 「2016年 鳥取県中部の地震(M6.6)」に対し、1200年前の、「863年 越中・越後地震」 「869年 貞観地震(M8.6)」 「869年 肥後国災害」 「880年 出雲地震(M7.0)」を指しています。

 インターネット記事では、『肥後国災害については地震であったかどうか不明な点もあるものの、近年発生している地震とその順番までが一致しているとして1,200年前の再来ではないのかと指摘されているのである。』としています。

 もし1200年前の再来だとすると、880年の出雲地震の次は、「887年 南海トラフ地震」です。

 『平安時代は日本史上の中でも地震が多発した活動期。現在の日本も地震の活動期に突入したと言われています。

 平安時代に発生した南海トラフ巨大地震が発生するまでの順番が現代の地震が発生する順番と酷似していることがわかります。

 このことから、次は南海トラフ巨大地震が発生する可能性があると言えるのではないでしょうか。』と掲載されたインターネット記事を見て、不安な気持ちになる方は大勢いると考えられます。もちろん私もそうですが・・・。

 「備えあれば憂いなし」。家族の連絡方法の確認や食料などの備蓄を行う“自助”はもちろんですが、地域との協力による“共助”、そしてこれまでの震災による国・県・地方行政の果たす役割、“公助”がいかに大切かを常に忘れてはならないと思います。

 そして何より連携を取り、協力し合うことが大切な“近所(近助)”、もう一度再確認して、本気の備えが必要になって来たのではないでしょうか。

日中の架け橋 <10月24日>

2016.10.24

 先日中国の方のお話を聞く機会がありました。

 その方は日本の国立大学に留学し、博士課程まで修了された技術士で、現在は日本の会社に就職し、出先の上海で勤務し在住されています。

 学生生活や就職した経過、現在の仕事の様子などを伺いましたが、本業以外に高齢者介護の事業をされているとのことでした。

 話によると日本の65歳以上の高齢者は25%を超えているのに対し、中国では10%程度だそうですが、人口が日本の10倍の国なので人数的には圧倒的に多いことになります。

 現在中国には介護保険が無いため、裕福な人しか介護を受けることが出来ず、介護の環境は日本より遅れているようです。

 低所得者や将来介護を必要とする方のことを考えて、日本の介護施設の方々と連携を取りながら活動を進めているようです。

 話の終わりに、現在の日中関係に触れられましたが、中国では新聞テレビなどのメディアが日本に対しては、国の考えを反映した報道を行うため、一般の方は日本を誤解しており、親しい人には日本に行って自分の目で確認するように進めているとのことでした。

 日本に来られた方々は、日本人はみんな親切で、街もきれいだとほめてくれるようです。

 しかし、国と国との関係は一般人にはどうしようもないことで、我々が地道に信頼関係の輪を広げて行くことが大事だと話されていました。

 日本に留学し、就職をして現在に至り、介護の事業にも取り組みながら、日中の橋渡しをしている様子を伺い、大変立派な方だと思いました。

 今の日中関係は決して良いとは言えないように思いますし、中国の方のマナーも話題になることがありますが、日本の10倍以上の人がいればいろいろな方がいて当然です。

  しかし、中国にこのような方が居られしかも身近な存在であることを知り、大変うれしく心強さを感じました。

オンとオフ <10月23日>

2016.10.23

 『「オンとオフ」の切り替えが重視される時代である。盲導犬の場合、ハーネスの着脱でそれが区別されると聞いた。着けているときは仕事中で、誘導する相手の安全確保に意識を集中させている。

 無事に帰宅させるまで、その緊張を解くことはない。任務を終えてハーネスが外されるや、一変してリラックスした様子になる。』この記事は、10月23日の読売新聞編集手帳の一部です。

 『人間にとって似た道具の一番手に挙がるのは男のネクタイだろう。』との掲載の後に、近年の“クールビズ”で半年近く出番を失ったネクタイでは切り替えの意識は薄れるとしています。

 記事は、取って代わるものとして社員証などのストラップを挙げ、『仕事を終えるや、さっさと外して社外に消える。その光景に男女の別はない。それが当世風ともいえる。』と結んでいます。

 私はモノづくり会社のサラリーマンでしたので、ストラップも下げていましたが、会社に入って制服に着替えたところで「オン」、制服を脱いで「オフ」でした。

 私服で仕事をされる職場では、新聞記事の通りストラップや名札の着脱が「オン」「オフ」だと思います。

 私の日帰り温泉施設は、家族とパートの方にお手伝いを頂き営んでいますが、正に「オン」と「オフ」の切り替えがお客様から見えない、私服で名札を付けることもしない状況でした。

 私が手伝うようになって多くの知り合いから、様々な意見や感想を聞かせて頂くようになりました。ありがたいアドバイスと感謝しています。

 その中に「誰が従業員だか分からない」お客様と従業員が見分けられるようにした方が良いのでは、という意見を数人の方から頂きました。

 これはお客様か従業員かを見分けるだけではなく、自分の中の「オン」「オフ」を明確にするためにも大切なことだと思い、直ぐにお揃いのユニフォームを造りました。

 この「オン」「オフ」の切り替えは、盲導犬と同様に人にも大変意味のある重要な変化点だと考えます。

 外見だけでなく、気持ちに「オン」「オフ」の切り替えが上手にできる人が、仕事もできる方ではないでしょうか。

秋の絵日記「同窓会」 <10月22日>

2016.10.23

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<久しぶりの再会に話はつきません>

 10月22日、東京の人形町で学生時代の友人の集まりがありました。

 遠くは北海道や四国徳島からの参加者もあり、総勢14名、中華料理を食べながら昔話に花が咲きました。

 7年前に開催したため、ほとんどは7年ぶりでしたが、中には卒業以来40年ぶりの再開もありました。

 7年前は仕事の話が中心だったように思いますが、今回は多くが現役を退いているため、孫の話などもっぱら近況報告でした。

 誰かが持って来た学生時代の写真を懐かしく見ながら、当時の話で盛り上がり、楽しい時間を過ごすことが出来ました。