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戦争末期の実話紹介 <8月16日>

2019.08.16

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<遺品のアルバムに書かれた文章>

 終戦記念日の15日開成町遺族会主催で行われた「平和のつどい」、その様子が16日の神奈川新聞湘南・西湘面に『戦争末期の実話紹介』というタイトルで掲載されました。

 私も昨日のブログで紹介しましたが、私が遺族会員になっているのは、父の叔父(祖父の弟)が戦死しているからですが、戦死した喜久恵さんを知ることのできるのは、残された1冊のアルバムだけです。

 そのアルバムには、自分はもちろん友達や家族と楽しそうに写った写真が貼られており、1枚1枚に思い出がつづられています。

 そしてアルバムの最期のページに『一度は必ず死するもの、君国の為身命をなげうつ、之男子の本懐なり、惜しむべし未だ親君に孝養の至らざりし我、死生超越生有間報国の単身微力を盡す 昭和十六年十一月二十五日』と書かれていました。

 意訳は『人とは必ず死ぬものです。天皇陛下と日本国のために命を差し出すこと、これは男子として生まれた私の本望です。ただ心残りは、まだ父上・母上に孝行を尽くしていないことです。生や死など問題にせず、生きてこの世にいる間は、国恩に報いるため、私はただ微力を尽くそうと思います。』とのことです。

 何年か前に初めて家内とこれを見た時、二人とも涙が止まりませんでした。そして今月になって父の部屋を片付けていた時、父が曾祖母の思い出の品として保管しておいたと思われる、昭和十七年十一月十五日の変色した東京日日新聞が出てきました。

 その1面には大きくソロモン方面で敵艦船大半を撃沈したという内容が記されていました。おそらくこの海戦で我が子が戦死したと悟った曾祖母がとっておいた新聞だと思います。

 親を思う息子、子供を思う親の気持、戦争の悲惨な現実を身近に感じました。

 我が家が遺族の一員であること、なぜ遺族になったのか、立派な祖先がいたことを我が家の誇りとして、子どもたちや孫たちにきちんと伝えていきたいと思います。